はじめに
Tesla Coilは得体のしれない装置というイメージが多いと思いますが、実は回路シミュレーションしたり、理論解析したりすることができます。放電を除けばただの線形回路素子の集まりであり、ただのトランスにすぎません。
Tesla Coilはいくつかの方式がありますが、中でも大きな放電を発生させるものにDRSSTC(Dual Resonant Solid State Tesla coil, 二重共振テスラコイル)があります。本記事ではそれを回路シミュレーションし、既存の理論も踏まえてその特性を考察することを目的とします。
先に結論を書いておきます:
- 電圧ゲインや電力効率は負荷抵抗値に大きく依存する。
- 軽負荷において、共振周波数は3つ存在する。そのうち動作できる周波数は2つであり、値は負荷に依存する。
- 結合係数が大きいと電力効率が高い。
- 特定の負荷抵抗値において最も具合のいい結合係数が存在する
基礎・理論
Tesla Coilは巻き数比が数百の非常に高昇圧のトランスです。ただし1次2次間の結合が小さいためにそのままでは使い物になりません。しかし、2次コイルの共振周波数で駆動することで、よく見るようなパワフルな電力伝送が可能であることが知られています。つまり、2次コイルの共振を表現することは必須であるといえます。コイルの寄生容量が並列に存在していると近似すると、DRSSTCの等価回路は下図のように書けるはずです。
図のように共振回路が二つ形成されているため、Dual Resonantの名がつけられました。これでも回路シミュレーションできますが、キャパシタなどの定数の計算法がわかりませんので、さらにトランスの部分を等価変換してみます。トランスを漏れインダクタンスと励磁インダクタンス、さらに変圧の役割で分割すると、上図は下図のようにも書くことができます。
共振周波数において、直列LC共振回路はショート、並列LC共振回路はオープンとなります。この等価回路を見ると、うまく定数を選択すれば、回路全体で理想変圧器となることに気づくでしょう。つまり共振条件は、
普通、まずは周波数を設定することが多いですし、さらにコイルのパラメータはおそらく決まっているので、上式をCp, Csについて解いた式が便利でしょう。
また上式が成り立つとき、共振周波数において入力インピーダンスは抵抗性となります。これはZCS (Zero Current Switching, ゼロ電流スイッチング) が可能でということで、スイッチング素子がON, OFFする瞬間の電流が小さくなることで低損失となります。
ところで電圧ゲインは単純に理想変圧器の変圧比なので、
シミュレーション
とりあえず適当なパラメータでSPICEシミュレーションしてみます。LTspiceのスクショを以下に示します。(ミスでRlsとRlpが逆です)
今回、負荷依存性を見るために負荷Rsを10k, 153.9k, 1Meg Ωでstepさせています。また、共振回路は定常値を見たほうが解析的なのでAC解析としています。DRSSTCは過渡的な特性も重要かもしれませんが、強制振動なので定常的な解析でもいいでしょう。ちなみに二重共振系の過渡解析はあまりに複雑なのでやめておいた方が無難です (SGTCは必須なので難解)。
シミュレーション結果はこうなりました。まず入力インピーダンス(V(in1)/I(R2))を見てみます。
図を見ると、すべての負荷抵抗値において、自分で設定した共振周波数fr=500kHzで位相が0度になっていることがわかります。これは前章で導いたように理想変圧器となっている証拠の一つです。さらにインピーダンスの大きさも負荷抵抗に比例しているように見えるので、理想変圧器の特性が得られています。ほかに特筆すべき点は、
- Rs=1MΩにおいて、共振点 (位相が0になる点) が3つに増えている
- Rs=153.9 kΩは共振点が増えようとするぎりぎりの値に見える(これを超えると3つに増えそう, 下回れば1つ)
実はこの現象は磁界結合の非接触給電においてよく知られています。僕の調べでは、2010年ごろには「別の特性になる周波数があって使えそう」という雰囲気の研究がされていました。そして2020年には完全な理論が発表されました。
米田 昇平, 木船 弘康, 共振コンデンサを直列または並列に接続した電圧源駆動非接触給電回路の共振周波数と負荷電圧, 電気学会論文誌D(産業応用部門誌), 2020, 140 巻, 9 号, p. 642-650
上記文献はS-P, P-S, S-S, P-Pの全方式の特性を網羅的に解析したもので非常に有用です。しかしまだ有料なので、代わりに以下の文献を読んでもいいと思います(たぶんオープンアクセス)。
米田昇平・木船弘康, 「共振周波数追従制御を適用した水中探査機向け非接触給電システムの負荷電圧特性の検討」, 2018
ということで、この既存の理論を以下で扱います。
新たな共振点における特性
新たな共振点ではどのような特性になるのでしょうか?実は今回の回路(S-P方式)の場合、定電流特性になることが知られています。自分で設定した共振点frでは理想変圧器となったことを考えると、対照的で美しいですね。負荷依存性を書くと以下のようになります。
ここで新たな共振周波数をfr high, fr lowとしています。図のように、新たな共振点では電圧ゲインは負荷抵抗値に対して比例します。入力インピーダンスが抵抗性であることを考えると、電源が電圧源ならばIout=Rs/Vout, G=Vout/Vin ∝ Rs よりIout=const.であることがわかります。これはつまり出力が電流源となっているということです。
ところで、実際のDRSSTCはどの周波数で動作しているのでしょうか?それを考えるには周波数制御を定義する必要があります。ふつう、一次コイルの電流位相をインバータにフィードバックするので、最も単純化すると以下のようになります。
こうすることでインバータの電圧と電流位相が一致し、ZCSが達成されます。単にオープンループゲインが極端に大きな発振回路とも言えます。これはもちろん入力インピーダンスの位相が0degとなる周波数で動作しますが、上図の下のようにそれが3つある場合はどうなるでしょうか。この回路は位相がプラスのときは周波数を下げ、マイナスのときは周波数を上げる動作をします。このように考えると、図のように両端の共振点にしか追従できないことがわかるかと思います。これより、動作周波数は以下のように書くことができます。
実際にシミュレーションしてみましょう。例えば以下のような回路を組めば発振してくれます。
先ほどとは違い、時間領域(.tran 0 100u 0 100n)で動かします。例えばRs=100kΩにおける波形はこんな感じです。
狙い通り、入力電圧と電流の位相が一致しています。これを負荷を変えながら値を取っていけば負荷特性がわかるはずです。今回は出力電圧のピークを取ってみました。基本波近似すると入力電圧のピークは100Vなので、読んだ値を100で割れば電圧ゲインが求まります。
狙い通り、入力電圧と電流の位相が一致しています。これを負荷を変えながら値を取っていけば負荷特性がわかるはずです。今回は出力電圧のピークを取ってみました。基本波近似すると入力電圧のピークは100Vなので、読んだ値を100で割れば電圧ゲインが求まります。
結果を以下に示します。(関係ないですが、このようなグラフを作るにはExcelよりScilabの方が楽です。さらにpythonよりコーディングが雑でいいから早い!)
周波数もとってみました。しかし単一スペクトルではなく、周期が刻々と変化している可能性が高いので、波形から読むことはできません。そこでLTspiceでFFTし、スペクトルのピークを読みました。対象は入力電圧(V(in1))です。結果を以下に示します。
記号が読み取り値、線は理論値です。理論値は前述の文献の式を用いています。シミュレーションと理論は少々の乖離がみられますが、周波数はかなりセンシティブなので仕方ないと思いたいです。図から、Rs>Rs spでは低い共振周波数に追従していることがわかります。fr highかfr lowのどちらに追従するかは、オープンループゲインのf特や、回路定数の変動により変えることができます。しかし実のところどちらも似たような特性なので、低周波のTesla Coilにとってはどちらでもいいでしょう。
とにかく、電圧ゲイン・周波数のどちらにおいても、理論がおよそ使い物になることが示せたかと思います。
損失があるときの特性
これまで無損失を仮定していましたが、そのせいで負荷がオープンであるときの電圧ゲインは無限大になってしまいます。実際には損失は無視できない値であるはずで、電圧ゲインはある値に収束するはずです。
有損失におけるシミュレーションは同様にLTspiceでもできますが、いちいちデータを取るのが面倒なので、ここでは数値シミュレーションをしてみます。今回の回路はいくつかの素子の縦続接続で表現されているので、Fパラメータ (ABCD matrixともいう) を使うのが便利です。参考に記事の最後にpythonスクリプトを貼っておきます。
今回、結合係数 k が大きいときと小さいときで電圧ゲインと電力効率がどのように変化するかを見てみます。結果(Rlp=0.2 Ω, Rls=10 Ω):
無損失においては電圧ゲインはkに反比例するため、kは小さい方がいいのではないかと思えました。しかし有損失では、kが極端に違うにも関わらず、電圧ゲインはほぼ同じであることがわかります。それどころか、負荷抵抗値が小さい範囲ではkが大きい方が電圧ゲインが大きいことが見て取れます。
次に電力効率を見てみます。kが極端に小さいと、広い負荷抵抗値の範囲で電力効率が小さいことがわかります。電圧ゲインがほぼ同じことを考えると、これはインバータに流れる電流が大きくなるということであり、つまりスイッチング素子の定格が同じであれば、入力電圧を上げられなくなることにつながります。結果、電圧ゲインが近しいにもかかわらず、kが小さいと出力電圧が小さくなることになります。
これより、kが極端に小さければ具合が悪いことがわかりました。しかし逆にkが大きすぎるとどうなるでしょうか?シミュレーションしてみましょう。
図をみると、どちらも電力効率が高いため無損失と近しい特性となっています。特に負荷抵抗値が小さいときに電圧ゲインの差が大きく、結合係数が小さい方が電圧ゲインが大きくなっています。つまり、kがある程度大きければ、kは小さい方が良いということになります。
以上を踏まえると、結合係数は小さすぎても大きすぎてもよろしくないといえます。つまりこれは、特定のインバータで最適値が存在するということを示唆しています。(とはいえ実際は幾何学的に最大値が決まってしまうので、その最適値は0.2とかよく使われる値になりそう)
結論
繰り返しになりますが、これで以下の知見が得られました。
- 電圧ゲインや電力効率は負荷抵抗値に大きく依存する。
- 軽負荷において、共振周波数は3つ存在する。そのうち動作できる周波数は2つであり、値は負荷に依存する。
- 結合係数が大きいと電力効率が高い。
- 特定の負荷抵抗値において最も具合のいい結合係数が存在する
ここまで読んでいただきありがとうございました!
補足
pythonスクリプトはGitHubにあげておきます。
->(数日後まで待って)
また、本記事の内容は既存の研究をもとにしたものであり、それ自体に新規性が無いように意識しました。これはまだ僕が学術の世界に身を置いているからです。これから発表予定の内容を記事にするなんて言語両断ですからね(笑)。しかしWPTとDRSSTCを理論的に結びつけた文献は他にありませんし、考察に関しては新しいので論文にしようと思えばできるとは思います。もし興味を持っていただけたなら、本記事を踏み台としてさらに進んだ研究をしていただけると幸いです。僕も学術論文の苦労を知っているので、本記事と似たような研究になっていても全く問題ありません。学術の世界に仕事を残すこと自体が、長い目で見ると重要ですから。
長いことTwitter(X?)から離れている件(身の上話)
おそらくTwitterがTwitterだったとき、2年前ぐらいにTwitterからいきなり離れましたが、一応理由があります。
- 学部4年になって研究室でものづくりをするようになり、発信したいのに発信できないことが多かった。もどかしい。
- 離れてたら精神的に健康的だった
もうすぐ修士を卒業となります。企業でどのような働きをするかはわかりませんが、今の研究生活のような好き勝手なものづくりは無理でしょう。おそらくなにかしらを家で始めるはずです。そうなったらTwitterかはわかりませんが、なにかしらの形でネット上に現れるかもしれません。その時はよろしくお願いいたします。
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